ジャーナリスト Kei Nakajima

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2007年2月4日号「読売ウィークリー」(読売新聞社発行)
P94〜97 上海の超高級住宅街 テムズタウン

まるでテーマパーク
中国ニューセレブの街を歩く

特筆記事

 「ゴミゴミした上海市内と違って空気もきれいだし、周辺の環境も抜群にいいですね」

「温かみのある庭つきの一軒家を買うことができて、本当によかった」

 上海生まれの葉憶容さん(39)とITビジネス業を営む夫のケニス・ギャロウェイさん(50、米国籍)が広々とした自宅を見回しながら満足げに言った。

 自宅は二階建て、間取りは4LDKだが、面積はなんと約320平方bもある。吹き抜けの玄関ホールから広いリビングルームに入ると、革張りのソファにリッチな大理石のテーブルがお目見えする。町の名前と同じく、家には英国風の雰囲気が漂っていて、まるでヨーロッパにいるようだ。

 ここは今年10月、正式オープンしたばかりの上海市屈指の高級住宅街「テムズタウン」。市中心部から40キロほど南西に位置する郊外、松江区にある。

 貧富の差が社会問題化している中国で、最も成功した「新富階(ニューリッチ)層たちが住むエリアとして注目されている。

 ギャロウェイさん一家は2人の娘、葉さんの母を含めた5人家族。夫婦の年収は非公開とのことだが、フィリピン人と上海人のお手伝いさん、専属の運転手がいる。

 以前は市中心部にある広さ約140平方bの高層マンションに住んでいたが、お手伝いさん用の部屋がないことから広い物件を探していた。たまたま妻の友人から「テムズタウン」を紹介され、昨年8月に販売価格500万元(約7500万円)を即金で支払い、購入した。日本人から見ても高額だが、中国では総人口13億人の1%強といわれるニューリッチ層にしか、とうてい手の届かない高額物件だ。

 中国にありながら「テムズタウン」とは奇妙なネーミングだが、上海市郊外では、ほかに「バルセロナ・タウン」、「ケンブリッジ・タウン」など外国の地名をつけた物件が発売されている。

ギャロウェイさん一家のような超富裕層を当て込んだ超高級物件が建設ラッシュを迎えているのだ。

 テムズタウンの販売を手掛ける不動産会社、上海恒和置業セールス部の王麗麗氏は開発の背景をこう語る。

「上海市政府は内陸部から市内に流入し続ける莫大な人口を郊外に分散化させるため、『一城九鎮』というベッドタウンのプロジェクトを勧めています。一城(一つの都市)の周辺に9つの特色ある町を作ろうという都市開発プロジェクトで、この一城がテムズタウンもある松江新城です。広さは約二三平方キロbで将来は約60万人が移り住む計画。上海外国語大学など複数の大学の移転も決まっており、市内に通じる地下鉄も工事中。ほかの高級物件もどんどん郊外に広がっていますが、テムズタウンはその中でも象徴的な存在です」
  テムズタウンを総括しているのは上海松江新城建設発展という政府系企業だ。総工費は約750億円。設計は英国企業、実際の建築は香港企業が担当している。
  テムズタウンの敷地は約一平方`bで、タウン内にはマンションやヴィラ(一軒家)などの住宅地エリア、レストランエリア、ウェディングサービスエリアなどがある。町を歩いてみると、赤レンガの家並みや英語で書かれたお店の看板はイギリスそのもの。赤い制服まで着た衛兵が直立し、美しい教会も立つ。まさに特権階級だけの「異空間」だ。物見胡散や物件を見学しに来たような人もちらほら町を歩いている。

 住宅の販売個数は2000戸で、不動産会社によると公示価格はヴィラタイプが約500〜800万元(約7500万円〜1億2000万円)、マンションタイプが1平方mあたり7000元(10万5000円)。

ただ、中国では業者とのコネクションなどの人間関係で、実際の販売価格は変わるという。購買層は主に上海や地方で成功した企業経営者、政府官僚、海亀派と呼ばれる海外で成功して帰国した事業家、台湾人の富裕層などだが、会社所有や転売目的で購入し、実際には人が住んでいない家もあるという。

 上海ばかりでなく、首都・北京ではフランス古典期の建築様式をアレンジした時価3億円ともいわれる豪華なシャトー風住宅「財富公館」が販売中だ。こうした「成金趣味」ともいえる住宅の嗜好について、中国のマーケティング事情や社会情勢に詳しいキャストコンサルティング社長の徐向東氏は、
  「欧米文化への憧れがこういう形で現れたのでしょう」
  と分析する。

 だが、このような超高級物件が販売され始めたのは、つい2、3年前のことだ。社会主義の中国では、もともと住宅は職場から分配されるもので、個人も会社も不動産を所有することはできなかった。1989年の朱鎔基改革で住宅配給制度が廃止になり、2000年代に入って個人が家を持てる時代が到来した。

 徐氏によると、これまでの経緯もあって、中国の消費者にとって最大の関心事はマンションの購入。購入しているのは、富裕層はもちろん、主に20代から30代後半の新中間層と呼ばれる人々が中心。高学歴で高収入のホワイトカラー、流行に敏感なボリューム世代だ。

「不動産市場の歴史が浅い中国では、賃貸物件が少ないこともあって、とにかく自分の家を購入したいという人が多い。彼らは早く家を自分のものにするため、頭金を両親に払ってもらい、月収の20〜50%をローンに当てています。『房奴』(マイホーム奴隷)という流行語まである。都心は物件があふれ、郊外に広がるドーナッツ化現象が始まっています」
  と語る。

 このように、物件の建設が相次ぐことから、上海や北京は不動産バブルだという見方もあるが、現在は沈静化しているという。中国の不動産事情に詳しい投資コンサルティング会社、ベターハウス東京事務所長の高橋守氏はこういう。

「今後も内陸からの人口の流入、ボリューム世代の就職、結婚と住宅の需要が増えることは確実です。しかし、中国政府は05年から05年は高い伸び率を記録しましたが、今は横ばいで落ち着いています」

 その背景には中国政府が打ち出した不動産政策があるという。先に汚職問題などが原因で解任された共産党上海市委員会のトップ、陳良宇書記時代に高級物件が計画され、現在それらが販売期間を迎えている。しかし、中央政府は高級物件を作りすぎた反省と、偏った物件供給で社会不安が起こる心配があることから、昨年5月、包括的な新政策を打ち出したのだ。
  その中には90平方b以下の物件を開発総面積の70%以上とすること、個人が普通住宅を購入後5年未満で転売した場合は転売価格に対し5%の営業税をかけることなどが盛り込まれた。
  また、今後はテムズタウンのような豪華版のヴィラの建築にも規制をかけ、多くの人々が不動産を購入できるチャンスを増やすようにしていくという。これも中国で深刻な問題となっている格差社会や低所得者の不満に対する対応策だ。躍進する経済と拡大する格差という光と影。来年の北京オリンピックを経て、数年後、果たしてバブルの象徴ともいえるテムズタウンはどうなっているのだろうか。

(文・中島 恵)


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