ジャーナリスト Kei Nakajima

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特筆記事

その12
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インドネシアでの戦争と若者の悲劇を描く
劇団四季ミュージカル『南十字星』を観て

劇団四季は昭和の歴史、戦争の悲劇に正面から向き合った「昭和3部作」に取り組んできたが、この「南十字星」はその第3弾である。第1弾は日本人でありながら中国で一世を風靡した「李香蘭」、第2段は戦後シベリアで死を遂げた日本のプリンスの物語「異国の丘」、そして満を持して上演された第3弾がこの「南十字星」である。前々からぜひ観たいと思っていたが、ようやく希望が実現した。金曜日の夜、東京・浜松町にある四季劇場「秋」は満席だった。会場には20―30代の女性と50代以上の夫婦、男性の姿が目立つ。もともとの四季ファンがやはり多いようだが、テーマがテーマだけに、中高年で初めて四季を観にきた、という感じの人もいる。こういうすばらしいミュージカルは日本中の人に観てほしいものだ。まず、簡単にミュージカルのあらすじを紹介しよう。

太平洋戦争前夜、京都大学で学ぶ保科は恋人で日本に留学中だったインドネシア人のリナと出逢い、思いを寄せ合っていた。一方、中国との戦いが泥沼化していた日本は英、米、オランダとの全面戦争に突入する。日本軍はインドネシアのオランダ軍を撃退。出征した保科はインドネシアでリナに再会し、夜空に輝く南十字星に永遠の愛を誓った。だが、戦況は悪化、オランダ人捕虜収容所で働く保科はふとした誤解から捕虜の怒りを買ってしまう。やがて日本は敗戦。戦犯裁判で保科はBC級戦犯として裁かれることになってしまう。保科の無実を必死で訴えるリナの願いもむなしく、絞首刑に処せられる。監獄で保科は世話になった中将と再会する。この戦犯裁判自体が理不尽なものではないか、と嘆く保科に中将は「敵の報復感情を和らげるために死におもむくことが、日本国民のためになると思う」とさとす。保科が処刑されるとき、リナが歌うインドネシアの歌「ブンガワン・ソロ」が聞こえてくる。独立を祝うインドネシアの人々の歓声が聞こえ、空には南十字星が輝いていた――。

何といってもすばらしいのはインドネシアの衣装や踊り、歌だ。そして最後に保科や中将が切々と訴える日本の若者へのメッセージが胸を打つ。南国インドネシアをよく表した舞台装置はさすがとしか言いようがない。ストーリーは日中の歌姫だった「李香蘭」と比べると、インドネシアやオランダ、そして日本、連合軍が出てくるためわかりにくい。それだけ日本人(30代の私でも)は日本がどんな戦争をしてきたか、無知で過ごしてきたのだと感じる。ストーリーの中ではオランダがインドネシアを統治するとき、稲作の栽培を禁じて、ヨーロッパで売れるゴムやコーヒーを無理やり作らせた話なども登場する。オランダの統治が終わったと思ったら今度は日本。苦しみの中で「ムルデカ」(独立)を切望するインドネシア人の叫びがよく伝わってくる。全編に渡ってモチーフとなっているのがインドネシアの歌「ブンガワン・ソロ」だ。私はこの歌を知らなかったが、メロディーを聞いたら、どこかで聞いたことがあると感じた。インドネシア独立への想いを込めた美しい歌詞とメロディーは、当時オランダの植民地だったジャワの人々に広く受け入れられた。そして、日本でも藤山一郎や松田トシが日本語で歌い、アジアから輸入された歌としては国内最大のヒットになったという。靖国神社参拝問題が注目を集めている今、A級戦犯のことは知っていても、B級C級戦犯のことはほとんど知らない。BC級戦犯として、中には無実の若者も含めて900名以上の日本人が裁判で処刑されたことをこのミュージカルで初めて知った。戦争もの、というとうっとうしく思う人もいるし、過ぎ去ったことともいえるかもしれない。でも、こんなすばらしいミュージカルを見れば、誰もが今世界で起きていることの意味や問題、そして多くの日本人の犠牲の上で発展した日本があることを感じるのではないか。ひとりでも多くの日本人、そしてアジアの人々にも、このミュージカルを観てほしい、と思った。

(文/中島恵)
写真は「南十字星」のパンフレットより引用


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