その15
台湾のお盆 鬼月
8月中旬、台湾の友人が旅行で日本にやってきた。友人は開口一番「この時期に旅行するのはどうかと思ったんだけど、家族の反対を押し切ってきちゃった」と一言。なぜ「この時期」かというと、台湾では旧暦7月(2005年で言うと8月5日〜9月3日)は「鬼月」と呼ばれ、旅行や引越し、結婚、出産、転職など大きな行事は避けたほうがよい、と言われているからだ。だからこの時期、若者はともかく、中年以上の人は夏休みといっても旅行にはあまり出かけないとか。台湾では旧暦7月1日になると地獄の門が開き、亡くなった鬼たちが地上に戻ってきて、中には悪さをする鬼もいると言い伝えられている。日本でもお盆にはご先祖さまが家に帰ってくるので「迎え火」を焚いたり、ご馳走を作ったり、お墓参りに行ったりするが、台湾では「鬼」がくるというところがちょっと違う。
鬼月には死者の魂を迎え、慰めるための行事が全国各地で開催される。最も大きなものは基隆の「中元祭」(盂蘭盆)で、宗親会と呼ばれる、同じ苗字を持つ人々の親睦会が開催される。旧暦7月14日になると花車のパレードや、小さな廟の形をした「水燈」を海に流すなどの大規模なイベントも行われる。一方、家庭や職場でも「拝拝(パイパイ)」と呼ばれる儀式が行われる。鬼月の間に何度か「拝拝」の日があるが、旧暦7月15日にはかなり大掛かりな儀式を行う。よく街で見かけるのはオフィスビルの下にテーブルを出し、神様や鬼に供えるお線香やくだもの、お菓子、紙銭、ヤクルトなど、とにかく神様や鬼に捧げる「ごちそう」を山盛りにする、というものだ。そして午後1時になるとお線香や紙銭などを燃やし始める。燃やせば燃やすほど縁起がよいとされているということで、オフィスも民家も、どこもかしこも煙だらけになってしまう。爆竹も鳴らして、たいそうにぎやかになる様子は、外国人から見ればちょっと異様な感じがするが、それだけ台湾の人々は信心深いということなのだろう。
ちなみに鬼月にはいくつかのタブーがある。たとえば水のあるところには絶対に近づかないこと。霊は水のあるところが好きで、そこに集まるからだ。また、夜に洗濯物を干してはいけない。乾く前の水分が残った衣服に霊が取りつき、それを着ると霊が乗り移るとか。動物にも霊が宿りやすいので、捨て犬や捨て猫は絶対に連れて帰ってはいけないと言われている。(台湾には野良犬が多いので、捨てることはあっても、逆に拾ってくるような人はあんまりいないと思うが…)日本のようにちょっと外れに行けばお墓を見かける国と違って、台湾ではお墓もあまり見かけないし、日常生活で宗教色を感じることは少ない。だが、毎年夏にこの風景を見ると、やはりお国変われば…としみじみ思う。
(文・写真/中島 恵) |