ジャーナリスト Kei Nakajima

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特筆記事

その23
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北京雑感 (2010年9月)

1年半ぶりで北京を訪れました。前回は延吉の帰りにプライベートで立ち寄りましたが、今回は丸々1週間の取材です。宿泊は前回と同じく永安賓館。しかし、予約してから気づいたのですが、今回の取材のほとんどは北京大学、北京外国語大学など反対方向。おかげで毎日の「通勤」に1時間は余裕を見ないといけない羽目になりました。でも、そのおかげというか、毎日地下鉄に長時間乗る間に、北京のさまざまな日常風景を見ることができました。

たとえば地下鉄の中。朝はとくに混んでいて座ることはできませんが、お年寄りや妊婦、赤ちゃん連れを目の前にしたら、北京の人は必ず席を譲ります。譲るだけでなく、赤ちゃんを代わりに抱っこしてあげたり、話しかけたりする。まるで「10年来の知り合いか?」と思うほど自然で親しげです。

また、不思議なことに、自分が降りる駅のひとつ前の駅で扉が閉まったら、もう降りる準備に取り掛かります。つまり、一駅前になったら扉の前にそそくさと移動。下車準備をするんです。ほとんどの人がこの行動をとります。地下鉄の乗り方にまだ慣れていないわけでもないし、「なんで?」と不思議に思って中国人にも聞いてみたのですが、「降り損ねないように」というだけで納得のいく答えはありませんでした。そんなにせっかちなんでしょうか?

乞食も何人か見かけました。印象深かったのは、目が見えず足もひざまでしかなくて、手にお金を入れる紙袋を持ってひざで床をこすって歩いている中年の男性と、その男性の両肩を支えるようにして後ろからついてくる少年。少年は妙に哀愁漂う変な歌を大声で歌いながら地下鉄内を歩いていきます。ふだん遭遇しないものに出合ったときに日本人が取る行動で、私はつい目をそらしてしまったのですが、これまた不思議なことで、けっこうお金を恵んであげている人がいるんです。ボロボロになった紙袋には「チャリン」とどんどんお金がたまっていく。1日電車の中を歩けば、かなり貯まるんじゃないでしょうか。学生に聞くと、最近の乞食には楽器を弾いたり、趣向を凝らしたさまざまな「バージョン」があるそうで、滞在中にユニークなバージョンに出合えなかったのは残念でした。

北京の地下鉄に乗っていると、とにかく人間模様がおもしろくて「飽きない」のですが、おもしろいのは、顔を見ていると、その人のバックグラウンドがだいたい予想できることです。「この人は大学卒かな?」とか「農村から出てきたばかりかな?」と学歴や出身までなんとなくわかる。もちろん、本人に確認したわけではありませんが、顔にその人の歩んできた人生や背景がしっかりにじみ出ているのが中国人のおもしろいところ。都会で勉強ばかりしてきた人に顔や手が真っ黒な人はいませんし、顔がしわしわということは、まずありません。でも、日本ではどうでしょう?地下鉄に乗っていても、みんな無表情で、席を譲ることもなく、ただ黙って携帯を見ているか、本を読んでいるか、ぼーっとしているかです。みんな一律で、とくに貧乏な様子もなく、とくにお金持ちという感じもしません。また着飾っていても、お金持ちとは限りませんね、日本では。そういう点で、中国人はやっぱり人間に強い「キャラ」があるような気がします。

さて、私が泊まっていた永安賓館は農業展覧館のすぐそばで、ちょっと奥まった道路沿いにあります。付近は低層階の古い住宅が多く、駅まで歩く道には明らかに「野菜」と思われる植物が植えられていました。毎朝見かけるたびに「何の野菜だろう?」と思っていたのですが、帰国前日に判明しました。答えは「ひょうたん」。ずっとキュウリだと思っていたんですが、住宅の中庭まで入って観察したらわかりました。中庭ではうさぎや小鳥を飼っている家あり、他の野菜やバラを植えている家ありとバラエティ豊かで、洗濯屋さんらしき人が自転車に乗って大声で呼び込みもしている姿も。花壇のふちにはズラリとおばちゃんたちが座って談笑しながら、いんげんのより分けをしていました。なんてのどかでしょう!そこにはお尻が割れたズボンをはいた赤ちゃんもいて、私が昔から知っている「北京の風景」が残っていました。

今回の取材で、日本留学から1年ぶりに北京に戻ったばかりの男の子と会ったのですが、彼の家の近くでもリヤカー式の新聞スタンドのおじさんはそのまま、軽食の露店は以前より味がちょっとだけよくなったそうで、値段は変わっていないという話でした。バブルで何でも値上がりして中国人は金勘定ばかりしているイメージがありますが、こういう場所もまだまだあるのです。

北京大学で大学時代の後輩にバッタリ会った話は「おまけ日記」のほうに書きましたが、次の日に彼と夕食を食べる約束をして「鼓楼大街」駅で待ち合わせしていたときのこと。地上に出ると、人がひとりやっと入れるような簡易ボックスで「特色煎餅」を売っていました。中で中年のおじさんが北京式クレープを焼いています。作っている様子を外から眺めていましたが、特別なものではなく、北京でよく見る「煎餅」のよう。でも、手際よく焼く姿を見ていると飽きなくて、後輩を待ちながらずっとそこに立っていました。

すると「おじさん、1つくださいな」といって小学3年生ぐらいの少年がやってきました。「あいよ」という調子でおじさんは焼き始め、少年に自分でお釣りを取るように指示しました。写真にあるように、おじさんと子どもの間に小さなダンボールの箱があって、そこに小銭とお札がたくさん入っています。1つ3・5元でしたが、子どもは5元出して、自分でお釣りの1・5元を取り出していました。ちょうど夕方の5時過ぎで、小学生たちはおなかがすいている時間。次々とやってきては注文し、お金を置いていく姿を見て、微笑ましい気持ちになりました。

後輩と2人で歩いた后海のほとりは柳の並木道や古い家屋がたくさんあって、とてもいい雰囲気。犬を散歩させている人や、道端でヘアーカットしている人も見かけました。道端で売られていた野菜は一山0・8元から1・5元ほど。路上ヘアーカットは8元でした。(近所のちゃんとした、しかし場末の美容院ではカットだけで30−50元。大学生によると、もっと高いお店もたくさんあるそうです)。

后海の周囲ではジョギングする人や体操をする人もたくさんいて、なぜか水着のおじさんやおじいさんの姿も。海面をよーく見ると、なんと泳いでいる人がいて、びっくりしました。日本の猛暑と違って、この時期の北京はもう涼しく、夕方は肌寒いぐらい。引き締まって健康そのもの、といった元気そうなおじいさんの身体を見ると、ちょっと見てはいけないものを見てしまったような気分にもなりましたが、取材だけではない、北京のさまざまな顔を見ることができて、とてもリフレッシュできた1週間でした。
(2010年10月20日 中島 恵)

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