ジャーナリスト Kei Nakajima

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9月18日号「プレジデント」(プレジデント社発行)
P140〜147
中国発!摩訶不思議 ヒット商品ランキング

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「かわいいワンちゃんのためにこの庭つき4LDKのマンションを購入したんです。緑が多くて周囲の環境も最高でしょ。おかげで今年は待望の娘も生まれたわ」

 こういって、うれしそうにはにかむのは、四年前に新築マンションを購入した陸暁燕さん(三七歳)。上海市の中心部から車で約三〇分。七月中旬、筆者が訪れた陸さん宅は、ベッドタウンにある低層マンション群の一角にあった。広さは堂々の約一五〇平方メートル。リビングから寝室までヨーロッパ風の個性的なインテリアで埋め尽くされている。

「どれもお気に入りの家具ばかり。誰に何といわれてもいいの。自分の好きなものだけで家中を飾りたかったんです」

 夫は小さな物流会社を経営、陸さんは日系企業の人事課に勤務しているという。共働き夫婦の月収は約二万元(三〇万円)。お金を貯め、当時、約八〇万元(一二〇〇万円)だったマンションを買った。今では二倍以上の約一八〇万元(二七〇〇万円)に跳ね上がっている。上海のペットブームを反映して愛犬は人気の犬種、ワイヤーフォックステリア。マイカーは日産製。年に二回は海外旅行に行き、洋服は上海で人気のデパート「伊勢丹」や、香港まで出かけて買っているという典型的なニューファミリーだ。

 今、中国の消費を牽引しているのが、陸さんのような“新中間層”といわれる年代だ。中国のマーケティング事情に詳しいキャストコンサルティング社長、徐向東氏によると、新中間層とは現在二〇代から三〇代前後。学歴が高く、月収は五〇〇〇元(約七万五〇〇〇円)以上。都市部に住み、流行に敏感なホワイトカラーたちのことを指す。

 新中間層の人口は中国の就労人口の約一六%を占める一億二〇〇〇万人といわれ、高度成長を支えているボリューム世代。どこか日本の「団塊の世代」を彷彿とさせる。だが、感度の高さ、個性の強さという意味では日本の団塊ジュニアに近い。

 日本企業が中国で商品やサービスをヒットさせるには、新中間層のライフスタイルを知る必要がある。

 新中間層にとって最大の関心事は何なのだろうか?答えはマイホームとマイカーである。

 中国ではもともと住宅は単位(職場)から分配されるもので個人が所有できなかったが、朱改革によって九八年に住宅分配制度が廃止され、私有財産として家を持てるようになった。共働きが当たり前の中国では一人当たりの月収が五〇〇〇元以上あればローンを組んでマンションが買える。価格は千差万別で一概にはいえないが、上海市のマンション(標準サイズでも広さは八〇平方メートル以上ある)なら一〇〇〇万元前後がひとつの目安。日本とは異なり、内装などはすべて自身の好みで変えられる。これまで狭い住宅に押し込められていた中国人の間で「自分の城を持ちたい」という願望が高まるなか、街中には地産(不動産)店がひしめく。

 マイカー人気も同様だ。二〇〇五年の中国国内の自動車販売台数は約五七〇万台と、日本に次いで世界第三位に踊り出た。上海の人気車種はダイハツ「シャレード」など。ある中国人の話では、老板(社長)になったら、豪華な邸宅に住み、存在感のある大きな携帯電話を持ち、座席に豹柄のシートカバーをつけて(?)、BMWを颯爽と乗り回すのが夢、なんだそうだ。

 女性たちの間ではファッション、美容、娯楽も大きなキーワードだ。上海市内でここ数年、「SPA(スパ)」や「美(メイ)甲(ジア)(ネイル)」といった看板が増えた。こうしたトレンド情報を提供しているのが中国のファッション雑誌だ。

 二五〜三五歳の女性をターゲットにしたファッション誌、中国版「Oggi」中国版編集部の王玲氏は、「化粧品特集は売れ行きがいいんですよ」という。中国でも若い女性たちが化粧品に興味を持ち出したのだ。まだ化粧をするという経験が少ないため、スキンケアの仕方やファンデーションの特集はとくに関心を持たれるという。

 中国版「CanCam」編集部の田中さえ氏によると、二〇代のOLの月収は、多い場合で8000元(約一二万円)。両親と住んでいれば家賃が要らないので、お小遣いはかなり自由に使えるという。彼女たちは夜になるとジウバー(バーとクラブ、ライブハウスを組み合わせたようなもの)で踊りとお酒を楽しんでいる。

 中国版Rayは中国で最も売れているファッション誌だ。コンセプトは同社の雑誌「Ray」、「ef」、「かわいい」とそれぞれ同じだが、「瑞麗」の知名度を上げるため、三冊とも「瑞麗」の名前を表紙で大きく使い、サブタイトルで差別化を図るというユニークなブランド戦略を取った。

 三冊の「瑞麗」を取りまとめる編集局長は「洋服のファッションの流行は中国にもあるけれど、日本で流行のモデル『エビちゃん』が着ているようなひとつの型に全員が走ることはないですね。中国人は個性的なファッションを好む人が多いんです」と指摘する。
  他人と同質化することを求める傾向がある日本人に比べ、中国人は人の目を気にせず「自分の着たいものを着たい」という気持ちが強い。そういう意味では中国のファッション界で大ヒット商品は生まれにくい。

 だが「消費者が情報をゲットするのはインターネット、携帯、それに口コミのようです」(上海梅龍鎮伊勢丹営業部長、諸岡秀昭氏)というように、インターネットやテレビを介すると、巨大なブームを巻き起こすことがある。人口一三億人の中国で、インターネット人口は約一億人。この一億人は中国の消費を引っ張る新中間層の人口とほぼ同じ数字だ。情報に敏感な彼らが中心となって、テレビで大ヒットが生まれた。

 二〇〇四年から湖南衛星テレビが放送している「超級(チャオジー)女声(ニーシェン)」(スーパー歌姫)だ。米国で放送されたオーディション番組「アメリカン・アイドル」に着想を得た番組で、中国全土から歌手志望者を募集し、一般視聴者が携帯で好きな歌手に投票して決定するという内容。昨年はなんと中国全土で一五万人が応募し、空前の「超級女声」ブームを巻き起こした。

 決戦大会の日には中国では「オバケ現象」といわれた視聴率一二%を記録。二億人以上の人が番組を見て、八〇〇万人が投票した。その中から初代チャンピオンとなったのは二一歳の学生、李宇春。この番組を踏み台にして、彼女は中国で引っ張りだこのスーパーアイドルとなった。

「超級女声」が中国人に受けたのは政府お仕着せのメディアではなく、視聴者と製作者の声を取り入れて「双方向性を備えた大衆娯楽に仕立てた」(徐向東氏)ことにある。

 中国東方衛星テレビ・プロデューサーの呉四海氏も「視聴者の意識が変化していく機をうまく捉えた。情報は受け取るだけでなく、自ら選択したり、発信できたりするものだということを中国人が実感した」と話す。

 中国のメディアといえば、これまで中国共産党の宣伝色が非常に濃かった。それだけに人々は自分たちが参加できたり、自分たちの意見が直に反映されたりする番組に大きな興味を示している。

 中国のブログ人口は約一六〇〇万人で、日本の三倍もいる。中国最大の検索エンジン「百度」の調査によると、昨年末までで中国のブログサイトは約三七〇〇に上った。ひとりが二つ以上のブログを開設していることもあるという。政府への批判があるかどうかを監視するため、政府によるネット規制も厳しいが、それだけに「規制をかいくぐろうとするブログ言葉、チャット言葉は多種多様で日本以上に表現が豊か。日々、進化を遂げている」(徐向東氏)。

 携帯電話の人口はインターネット人口の四倍、約四億人はいるといわれる。北京や上海など都市部の普及率は九〇%を超えた。中国では日本の市場のようにマニアックな機能にこだわらないが、ショートメッセージが簡単で使いやすく、電話がかけやすいシンプルな携帯が人気だ。

 昨年発生した反日デモの際には、携帯のショートメッセージを使って、数万人に一度にデモの情報が流れた。大勢の人々が集まって集会やデモをすることは基本的に禁じられているが、携帯やメールを使えば、連絡が簡単に取れる。中央政府が市民の行動を強制的にコントロールしにくくなった背景には、こんなメディアの発達も関係している。

 過度な機能よりも、シンプルさ、使い勝手のよさを重視するという意味では、中国人の消費志向は欧米人に近いといえそうだ。家電量販店などをのぞいてみたが、モトローラ「V3」やソニーエリクソンの「W550C」などは常に人が集まり、人気があった。上海市在住の日本人ビジネスマン、山下裕行氏によると「朝夕の通勤時間帯には、右手で携帯メールを打ちながら、『I pod nano』で好きなアイドルの音楽を聴いている人も多いですね」という。実際に街中を歩いていて、そんなシーンをたびたび見かけた。

 これから中国の消費市場はどんな方向へ向かっていくのだろうか。社会全体が一丸となって同じ方向に向かって急速に豊かになっているという点では、日本の高度経済成長期によく似ている。視聴者参加番組で一般市民からスターが誕生するのも、日本で山口百恵や桜田淳子を輩出した「スター誕生」(一九七一年〜一九八三年まで日本テレビ系列で放送)が流行した現象とまったく同じだ。

 〇八年に開催する北京オリンピックを控えて世界の注目も浴び、今、まさに豊かさを享受する喜びにあふれているようにも見える。

 しかし、中国に住む人々からは、早くも“疲れ”が見え隠れする。自転車からバイクに移行せず自動車が普及したり、カセットやCDの定着から間を置かず、すぐにMP3が大流行したりするように、何もかもが一足飛びの猛スピードで進んでいる。そんなスピード社会のなかで、人々は癒しを求めているようだ。「身体の疲れを癒すSPAや心を慰めてくれるペットが流行するのも心の欲求からでは」(徐向東氏)。IT企業などでは仕事のプレッシャーに押しつぶされたホワイトカラーの自殺も急増しているという。ヨガなども、心の安らぎを求めているか。
  また、日本と同様、環境問題や健康への意識も高まっている。市内の道路脇にはゴミ箱が増え、高速道路の中間線には花が植えられるようになった。それに圧倒的にゴミが少なくなり、街が清潔になった。家の中では家電製品、食料品などの生活必需品が充実してきた。一定の物欲が満たされた人々は、美食によって突き出したおなかを引っ込めるためにダイエットに熱中し、スポーツジムにも足繁く通う。伊勢丹などで「マッサージチェアやダイエットグッズなどのキャンペーンを定期的にやっています」(諸岡秀昭氏)というように、健康器具や、安全で身体によいと指定されている「緑色食品」に対しても興味津々だ。こうした健康志向は日本と同じといえるだろう。

 日本が何十年もかけて歩んできた同じ道を、その何倍かのスピードでひた走る中国。貧富の格差が問題視されているように、農村部はひどい貧困にあえいでいるが、その一方で、上海や北京では新中間層といわれる一億二〇〇〇万人が消費社会を力強く引っ張っている。新中間層が押し広げるマーケットは今後、中国をどんな未来へと導いていくのだろうか。巨大な隣国、中国市場に切り込む日本人としても、興味が尽きない。(終)

(文・中島恵)
※「プレジデント」誌から筆者が抜粋


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