抜粋記事
4月6日号「読売ウィークリー」(読売新聞社発行)
P25〜27 ついに爆発 北京五輪「本当の火種」チベット騒乱
ペマ・ギャルポ氏談話
「五輪の政治利用が寝た子を起こした」
ダライ・ラマ法王アジア・太平洋地区担当初代代表を務めた
ペマ・ギャルポ桐蔭横浜大学・大学院教授
今回の騒乱は中国政府の過去60年の抑圧的な支配に対する抗議であって、暴動ではない。暴動のようになったのは、公安が僧侶など市民に対して、手荒く挑発したからだ。中国政府は新華社を通じて民衆が暴れている様子を放送したが、これは誤算だった。現在はインターネットや海外に住むチベット人などを通して真実はすぐに明らかになる時代だ。中国政府は計画的な犯行と言っているが、ではなぜ民衆は素手で商店を叩いたりしたのか。計画的ならば、ほかの方法があったはずだ。
毎年3月10日は民衆蜂起の記念の日なのでデモを行ってきたが、今年は特別な意味があった。ひとつは北京五輪イヤーで、中国政府が北京五輪を政治的に利用したことへの抗議。チベットの人々は五輪に反対しているのではなく、五輪を政治利用しようとした政府に反発している。政治利用とは、聖火ランナーをチベットで走らせたり、五輪のマスコットの一つをチベットカモシカにしたりと、わざわざチベットを取り上げている。「チベットは中国の一部だ」と既成概念化させ、世界にアピールしようとしているのだ。
もうひとつは、昨年10月にダライ・ラマ14世が米議会から「ゴールド・メダル」を受けたが、それを祝おうとした僧侶がチベットで逮捕され、いまだに釈放されていないことへの抗議だ。報道では他の省にデモが飛び火したというが、そうではない。もともと四川省、甘粛省、雲南省、青海省の一帯はチベットの領土だったと私は考えている。飛び火ではなく、チベット本来の全土に広がっているということだ。現在のチベット自治区の面積は120万平方キロほどだが、本来の土地は230万平方キロもある。ウイグルや内モンゴルも入れたら中国全土の半分以上になる。それを中国政府は恐れている。
中国政府のチベットへの介入は、これまで政治と軍事が中心で一方的な支配だった。しかし、近年は観光化が進み、政府の優遇政策によって漢族のチベット入植が進んで、彼らがチベット経済を牛耳るようになった。最も大きいのは2006年の青蔵鉄道の開通だ。鉄道によって観光客が激増しただけでなく、何かあったら軍もすぐに中央から来られるようになった。中国政府が言う「チベットへの援助」は、チベット人にしてみると、何の役にも立っていない。チベット人にとって幸せとは経済面ではなく、精神面が大きい。たとえば、チベット人の主食はツァンパ(日本の麦焦がしに似ている)だが、漢族はコメのほうがおいしいだろうと無理にコメを与える。自分たちの価値観を押し付ける。僧侶もダライ・ラマ14世の写真を部屋に飾ることを禁じられ、僧侶の数も限定された。精神的よりどころがない。
今回は中国政府が北京五輪を政治利用したことで「寝た子を起こした」のだ。一見封じ込めたように見えるが、制圧できたわけではない。今後も8月の北京五輪まで、このようなことが起こる可能性は高い。中国政府がチベット人を尊重し、政策を変えるべきだ。ダライ・ラマ14世と話し合わないと解決しないだろう。
(談話=取材 中島恵)
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