ジャーナリスト Kei Nakajima

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2002年9月30日号 『プレジデント』(プレジデント社発行)
p.176〜181

リストラ世代「上海出稼ぎ」日記
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 リストラ、失業、中高年の自殺・・・。日本国内には相変わらず暗いニュースばかりが蔓延している。だが、世界に目を転じればリストラ世代の男たちが「昔のいきがい」を取り戻したかのように、目を輝かしてがんばっている。今、世界で最も注目を集める市場・上海では、閉塞感にさいなまれた日本人中高年が心機一転、生き生きと働き続けている。そんな男たちの決断と異国での生活を追った…。 

(ジャーナリスト 中島 恵=文)

 ここは中国・無錫ーー上海から列車で約1時間の、今注目の工業都市である。日系企業の対中進出が加速する中、低迷する日本を飛び出して、仕事のやりがいと、人生の生きがいを求めて中国に飛び出すビジネスマンが急増している。

 住友商事が無錫市などと共同で開発した大規模工業団地「無錫華友工業園」で市場部部長として働く長渕豊(44歳)も準大手ゼネコンの熊谷組を早期退職し、中国に新天地を求めたひとりだ。長渕が退社したのは1999年12月31日。バブル崩壊後、ゼネコン危機が表面化し、中堅ゼネコンが次々と倒産に追い込まれていた。熊谷組が巨額の債務超過を発表したのは、長渕の退社から約1年後、2000年11月のことだった。「あいつもか」「やっぱり辞めるみたいだよ…」長渕の退社直前、すでに逆風が吹いていた社内では同期入社の仲間とのメールのやりとりも暗いものばかりだった。長渕は、当時をふりかえってこう言う。「会社の経営状況が悪化し、リストラが始まっていました。行き先が決まったヤツは次々に辞めていきますが、会社の仕事量が減るわけではない。結局、残った者に負担がかかって忙しくなってしまうんです。自分がやりたいと思う仕事があっても、こなさなくてはならない仕事で手いっぱいで、何も考えられなくなる。そういう生活では将来の展望なんて持てっこない。そんな閉塞状況から逃げ出したかった」

 長渕は福岡大学の建築学科卒業後、新卒で熊谷組に入社。27歳から10年間、台湾駐在をし、続いて北京、上海、香港支社と一貫して中国畑を歩んだ。台湾や上海ではオフィスビルや住宅建設などを手掛け、北京ではJICAに出向して省庁担当者などと建設プロジェクトチームを組んだ。長渕が退社を決意したのは40代に入り、遠くない将来、東京で管理職になろうかという矢先のことだった。「自分がやりたい仕事と会社の仕事が少しづつズレていったんですね。自分が本当にやりたいことを見つけたら、積極的にそれをやったほうがいい。そう思い始めたとき、ちょうど会社が中国部門を縮小するという方針を打ち出したんです。それが辞めるきっかけになりました」。「中国で仕事がしたい」という長渕の思いは、どんどん膨らんでいった。そんなとき、登録しておいた上海の人材紹介会社から「無錫にある合弁企業で働いてみないか」という電話がかかってきた。中国の建設現場での経験が長く、一方、日本企業のニーズも熟知している長渕のような人材は、工業団地の新規開発の仕事には打ってつけだった。

 長渕は今年7月に工業団地の市場部長として着任したばかりだが、来客が引きも切らず、超多忙の生活を送っている。仕事は毎日深夜にまでおよぶが、それでも「中国で前向きな仕事ができる」今の生活に大きな喜びを感じている。こうして現在は無錫でバリバリと働く長渕だが、彼の中国生活には「もうひとつの転機」があった。離婚である。「日々の仕事が充実していて自信満々でした。ところが、一緒に暮らしている奥さんのことは、よく見えていなかったんですね。彼女は台湾に住んでいてもあまり中国語ができなかった。それに対して僕は『バカだなあ、ちゃんと勉強しろよ』ぐらいの言葉しか言ってあげられなかったんですね。本人にとってはきつい外国暮らしだったのに・・・。それが当時まだ不便だった北京に引っ越して彼女の不満は爆発してしまいました」 台湾とは違い、北京ではJICAに出向していたこともあり夫婦同伴での食事会や接待が多かった。外出するのをいやがる引っ込み思案の妻との距離は広がるばかりだった。「前向きに別々の人生を歩もうと決めてからは、ふりかえらないようにしています。当時は本当に苦しかったですけど…」一瞬目元が潤んだように見えたが、仕事の話に話題を切り替えると、またいつもの長渕に戻った。中国での生活は長渕の精神力をも鍛えていたようだった。10月末には、いよいよ長渕たちが準備してきた工業団地の第一期分が完成する。すべての造成が終了するのは2005年である。「そのときまでこの仕事を精一杯がんばってみます。その先?今を一生懸命がんばれたら、きっとまた、自分が何をやりたいか見えてくるでしょう」(以下、省略)


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