ジャーナリスト Kei Nakajima

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著書

『赤めだか』

著者:立川談春著
出版社:扶桑社
出版年:2008年4月
283ページ

 落語家、立川談春が師匠、立川談志に弟子入りして過ごした前座や二ツ目時代のエピソードを書いた名エッセイ。ときどき見ているNHKの書評番組「週刊ブックレビュー」で推薦しているのを見て手に取ってみた。これまで落語はほとんど聴いたことがなかったが、以前、中国語落語に挑戦する林家いっ平に密着したことが縁で、興味を持っていた。表紙は落語をする者黒の談春の写真。知らない名前。どこかで見たこともない。ただ、かの有名な変わり者、立川談志にまつわるエピソードが多いのかなと思った。

 読み始めて冒頭からぐいぐい引き込まれた。「本当は競艇選手になりたかった」って。身長が高すぎて競艇選手をあきらめ、高校を中退して談志の弟子になった人だ。談志はイエモト。談春(自分)はボク。イエモトとボクのエピソードが軽快な筆致でこと細かに再現されていく。前座時代、談志が矢継ぎ早に指示するいいつけを必死でこなす姿がおもしろい。おもしろくて思わず噴き出してしまうけれど、ときどきホロッとさせられる。根っからの温かさがある人なのだ。談春と一緒に修業した談秋がやめていくシーンで、タイトルの「赤めだか」が登場する。庭の水がめで飼っている金魚はいくらエサをやってもちっとも育たない。談春たちは「あれは金魚じゃない。赤めだか」といって馬鹿にしていたが、談志はかわいがっていた。「赤めだか」はこのシーンでしか登場しないが、書名になった。

 本のほとんどの場面は前座時代と二ツ目の修業についてだ。本の後半、自分よりあとに入門した志らくが先に真打になって少しヤケになったとき。さだまさしが吐くセリフがとてもいい。「おまえ、一体自分を何様だと思ってんだ。立川談志は天才だ。憧れるのは勝手だがつらいだけよ。談春は談志にはなれないんだ。でも談春にしかできないことはきっとあるんだ。それを実現するために談志の一部を切り取って、近づき追い詰めることは、恥ずかしいことでも、逃げでもない。談春にしかできないことを、本気で命がけで探してみろ」。

 もうひとつ。「短所は簡単に直せない。短所には目をつぶっていいんだよ。長所を伸ばすことだけ考えろ」。さすがはさだまさし。今も二人は親友だという。ラストの柳家小さんとのエピソードが泣かせる。世襲ではない厳しい世界の落語界で、親や祖父の芸を引き継ぐ小米朝や家禄の真摯な姿も伝わってくる。落語協会を脱会し、小さんの葬式にも出席しなかった談志だが、最後まで小さんと心はつながっていたことがよくわかる。談春は私より1歳上。がんばらなくちゃと思う。優しくて、ひねくれ者で、冷めたところがあって。そんな性格の談春はどんな落語をやるのだろう。(09年4月10日)


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